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最新ニュース

  • 2021年10月16日

    資料館レポ№14 長寿動物~みんなに愛され70年~

        最近発表された日本人の平均寿命は女性で87.74歳、男性で81.64歳でした。男女とも世界のトップクラスを維持しており、毎年伸びています。医療の発達、食生活の充実改善や運動など健康志向の高まりが大きな要因と考えられますが、さらには、大きな戦争や疫病がなかったことも要因だと思われます。来年の統計では世界的には新型コロナの影響が数値に反映されてくるのではないでしょうか。

        さて、動物園で飼育されている動物も同じような要因から長寿化が進んでいます。王子動物園でも、日々、担当の飼育員が動物の状態を観察して健康状態を記録し、異常などを見つければ対応しています。また、専門の動物病院があり、獣医が常勤して検査や手術を行える体制を整えています。

    P.33 動物病院 全景

    <1980年完成 動物病院全景(当時)>

     

        野生動物は犬や猫などのペット動物と比べると圧倒的に病気の調査事例、治療研究が少なく、獣医師は手探りの状態で動物を治療することが多かったようですが、今では、日本動物園水族館協会で研究会や報告会が活発に行われるようになり、動物園間の情報交換や応援などのネットワークも構築されるようになりました。世界の動物園等の情報もインターネットなどのネットワークを通じて、各段に入手しやすくなりました。しかし、動物園の動物は多様であり、飼育事例が少ないなど、まだまだ苦労することも多いようです。

        次に長寿の要因として大きいのは、餌だと考えます。動物園の創成期には餌が十分入手できにくい時代で近隣の山から草を刈ってきて与えていたこともあったそうですが、今では卸売市場などから結構難しい条件を出しても肉魚野菜などを入荷してくれています。動物園という特殊な飼育下では本来の野生の動物の食べている餌が単純に良いとは限りません。運動量やビタミン、ミネラル不足も考慮して動物ごとのレシピを考えるなど栄養管理が必要です。トラやライオンなどの肉食獣で野生と同じように脂肪の多い餌を与えていれば、人間と同じような脂肪肝や生活習慣病になってしまいます。

        動物科学資料館では王子で与えている餌の見本を展示していますので、ぜひご覧ください。

    常設展 食事2 常設展 食事1

    <資料館常設展示 アニマルレストラン>

     

         王子動物園の長寿の代表として挙がるのは、アジアゾウの諏訪子さんとチンパンジーのジョニーさんでしょう。ともに、後年は動物園で飼育される最高齢動物として長年、君臨していました。

    2003諏訪子

    <諏訪子60歳(2003年当時)>

        諏訪子は 1950年9月28日に7歳でタイのバンコクからやってきて、王子動物園開園以来いる唯一の動物でシンボル的な存在でした。2008年に亡くなり、お別れ会をした際には、多くの方に集まっていただけました。

    DSC_0040<諏訪子お別れ会写真>

        性格は温厚で、飼育員にもよく慣れていて、敬老の日のイベントでは参加者がリンゴをあげると鼻で上手に受け取る様子は王子の秋の風物詩になっていました。

     

        次はジョニーです。チンパンジーの群れのボスとして長年まとめ役を担っていました。繁殖にも貢献してくれ、国内初の人工保育で飼育員の亀井さんが育てたことでも有名なチェリーをはじめ、8頭の子供をつくりました。2019年に老衰で亡くなるまで64年間王子動物園にいました。野生個体で生まれたので、年令は不明ですが、推定69歳、この年齢は世界の動物園の中でも1,2位ではないでしょうか。

    2015年ジョニー65歳の誕生日 (1)

    <ジョニー65歳(2015年敬老の日)>

     

           これからも、動物のCOL(クオリティーオブライフ)を高めて、飼育されている動物たちにますます長生きしてもらうことが希少動物を守る役割の観点や展示動物を確保していくことからも重要になってきています。そのためには、飼育員や獣医師の日々のたゆまぬ努力が求められています。

    SHIRYOUKAN

    ※写真はクリックすると大きくなります。

  • 2021年10月01日

    資料館レポ№13 ジャイアントパンダ日中共同飼育繁殖研究~みんなに愛され70年~

        ジャイアントパンダについては、神戸で1981年に開催されたポートピア81で飼育実績があり、金絲猴(きんしこう)をはじめ、中国との長年にわたる動物交流を行ってきたことを基盤に、神戸市では1993年から中国側と正式にジャイアントパンダの共同繁殖研究の協議を続けてきました。1995年の阪神・淡路大震災に発生により一時中断はしましたが、改めて、1998年に神戸市より申し入れを行いました。

     

        同年、7月に天津市との友好締結25周年記念事業のため、中国を訪問した当時の笹山市長が北京で中国側幹部に「震災復興に取り組んでいる神戸市民、特に子供のために、神戸でのパンダの共同研究をお願いしたい」と要望し、1999年、5月に共同研究意向書を締結し、パンダの来園が実現することとなりました。

    P.64 パンダ搬入

    <パンダ搬入>

        飼育員の中国での飼育研修や迎え入れるための獣舎整備を行い、ワシントン条約の許可の手続きを踏み、2000年7月16日、王子動物園に雄雌2頭のジャイアントパンダが中国四川省臥龍の保護研究センターよりやってきました。10年間の研究期間とその後5年間を2回延長し、現在に至っています。

    パンダ行列

    <パンダ館を行列が囲む>

     2000年来園当時の神戸はパンダの歓迎ムードが最高潮で、市バスや電車もパンダデザイン、パンダ音頭がつくられたり、パンダ関連の商品開発などジャイアントパンダ一色でした。7月28日、パンダ館がオープンし、一般公開の1時間前から行列ができ、その長さは300メートルもあったと記録されています。その後も、連日多くの入園者が列を作り、2000年度の入園者数は198万人を記録し、今も王子動物園の入園者記録となっています。

     

      2頭のジャイアントパンダは「コウコウ」と「タンタン」と命名され、中国から毎年、飼育員や専門家を招き、共同の飼育繁殖研究が進められてきました。

    2001.12撮影 タンタン アマ写真コンパンダ立ち姿2コウコウ

    <タンタン><コウコウ> ※来園当時

     2世誕生に向けた繁殖の試みが続けられましたが、自然交配が成功せず、2003年より人工受精での取り組みとなりました。5年の努力が実り、2007年に初の妊娠に成功するも死産という結果に 翌年には待望の赤ちゃんが誕生するも残念ながら4日目に死亡しました。原因は授乳不足と考えられました。  繁殖成功という結果は得られていませんが、この間様々な研究の結果から知見を得ることはできました。ジャイアントパンダは発情期が年に3日ほどしかないもともと繁殖が困難な動物ですが、人工繁殖の場合、この適期を正確に見つけることが大変重要となってきます。そのため、排卵日とその前後数日間しかない繁殖に適したタイミングを見極めるため、尿からの性ホルモンを分析する様々な方法を開発し、さらに、詳細な行動観察、膣細胞診断等の研究と併せて排卵日の推定が行えるようになりました。今後、繁殖研究が再開されれば、成功の確率は格段に高まっていると考えられます。

    パンダ 出産パンダ 出産

    <赤ちゃんをくわえて…抱きかかえる>

     現在、日中共同繁殖研究期間が終了し、「タンタン」が中国四川省に里帰りすることが決まっていますが、この高齢になるまで、21年間、王子動物園で暮らし、来園者や市民のアイドルであり続け、愛されてきました。感謝でいっぱいです。今、動物科学資料館では「タンタン」の特別展を継続実施中です。この歴史を今一度振り返り、タンタンへの思いを新たにしていただければと思っています。

    SHIRYOKAN

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  • 2021年09月16日

    資料館レポ№12 阪神淡路大震災~みんなに愛され70年~

       1995年1月17日午前5時46分、神戸市を中心とする兵庫県南部地方にマグニチュード7.3、最大震度7の非常に強い都市直下型の地震が発生しました。死者6,434名、負傷者43,792名、ビルの倒壊、火災や電気、ガス、水道などライフラインの長期のストップなどの大惨事でした。

     P.53 倒壊した阪神高速道路(下書原稿コピー)

    <倒壊した阪神高速道路>

        では、その時の王子動物園の様子はどうだったのでしょうか。これは50年史に詳しく書かれています。

    まず動物たちの様子です。

     

    〇最初に飼育員が動物園にたどり着いたのが、午前6時30分。

    動物が脱走していないか確認、やがてあいついで到着した飼育員や獣医師と手分けして動物が全員無事であることを確認した。

    〇人間同様、動物たちにとってもこの地震は非常に驚きであった。

     

    アジアゾウの「諏訪子」はキュキュとしきりに鳴いていた。

    カバの「茶目子」はずっとプールに潜り、出てこない。

    アラは止まり木の上で、緊張した姿勢をとっていた。など

     

     しかし、動物たちに大したけがもなく、普段の様子の動物が大半でした。動物舎は平屋建てで、動物が壊して脱走できないよう頑丈な造りだったで、古くても大丈夫でした。フラミンゴ池のプールに亀裂が入り、水が抜けてしまったことや動物科学資料館の展示物や剥製標本が一部壊れたなどの被害はありました。

     その当時、動物が震災を予知する行動をとっていたのではないかという問い合わせが動物園にたくさん寄せられ、大学等でそのような研究もされたようですが、明確な予知行動は証明されませんでした。

     大変だったのは、その後の動物の飼育です。ライフラインがストップしたため、動物の暖房、給水や清掃の水の確保に苦労したと記録されています。

     

    〇爬虫類はガスによる給湯式の暖房であったため、ガスが復旧するまでプールを温めることができなかった。

    ワニ類は温度が低下すると水の底に沈み、窒息死する恐れもあるため、飼育員はワニやニシキヘビの室内をファンヒーターで暖めるとともにワニの口にロープをかけて水面上引き上げるなどの対応をガスが復旧する2月23日まで実施した。

    〇水は井戸水を利用したが、くみ上げて運ぶ作業は重労働であった。水道が復旧する1月30日まで続いた。

     

    P.55 京都市動物園より救援物資

    <他動物園からの救援物資>

       震災で高速道路が不通、一般道が大渋滞でしたので、動物のえさの調達に不安があり、とくに、コアラの唯一のえさとなるユーカリに関しては、鹿児島や岡山から搬送されてくるので、入荷困難な場合は天王寺動物園にコアラを一時預けることも要請していました。しかし、1月19日からユーカリが到着し始め、窮地を脱しました。

       肉、魚、野菜や果物といったエサは中央卸売市場より運んでもらっていましたが、道路事情が悪く、仕入れに苦労をしていた際、20日には京都市動物園より応援物資としてこれらが届けられました。その後も全国の動物園より応援の申し出がありました。

     日本動物園水族園協会では、この震災を機会に、災害などで困っている動物園、水族園があったときには、地域ブロックで助け合うシステムをつくり、緊急時に対応しています。

     

    P.54 自衛隊フライングケージ前

    <園内の自衛隊のようす>

       王子動物園は震災発生後、3月23日の春分の日に再開するまで、65日間休園しました。その間、動物園内は災害支援に来てくれた自衛隊の基地として活用されました。動物科学資料館は一時、避難所や遺体安置所となり、職員はその対応業務にも従事しました。

     

        現在、異常気象が頻発し、地震もいつどこで起こるかわからない時代になりました。王子動物園の再整備計画にあたっては、緊急事態への対応、特に、「お客さんをいかに安全に避難させるか」「動物の安全をいかに守るか」といった観点も十分加味する必要があるでしょう。

    SIRYOKAN

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  • 2021年09月03日

    資料館レポ11 夏休み動物のからだ探検隊開催

    年もコロナ禍で、大人数で行われる教室、イベントは中止になりましたが、コロナ禍でもなんとか教室が行えないかと、少人数の教室を開催いたしました。

    この教室は2回目で、動物園教育、環境教育の研究者である松本朱実先生(近畿大学)にご協力いただき、教室のプログラムをデザインし実施しています。

    資料館にあるいろいろな標本を利用し、参加者が自ら探求して学ぶことを目標にしています。

    今回は「焼き鳥から見えてくる鳥のひみつ」をテーマに、小学校4年生から6年生の8名の方に参加していただきました。。

     

    まずは焼き鳥を食べて?もらおうと、紙で作った焼き鳥を配り、

    焼き鳥

     

     

     

     

        

     

     

    配られた焼き鳥の部位をあてるクイズから

     無題

     

     

     

     

     

    みんな緊張気味。手羽先、手羽元、むね肉、もも肉、いつもニワトリのどこを食べているかわかるかな? クイズは意に反していまいちもりあがりませんでした。 :cry:   

    3クイズ焼き鳥配布

     

     

     

     

     

     

     

     

    さて、次は骨ならべ。ニワトリの手羽元、手羽先、骨はどうなっているのかな。


    資料館職員が作ったニワトリのつばさの標本をならべてもらいました。当然、周りの肉は無駄にせず職員がいただきました。うーん、翼の先の方がむずかしな~自ら考えることを大切にしている教室。まちがってもいいので、楽しんで並べてもらいました。

    13骨ならべ2

     

     

     

     

     

     

     

     ヒトと比べるとわかりやすい。小型の人骨模型は結構役に立ちます。 鳥って、指が3本しかなかったんだ。 発見しましたね。

    無題2

      

     

     

     

     

     

     

    次は動物園にいる鳥の骨ならべだよ。

    タンチョウは大きいけど、ニワトリとよくにているので簡単にならべることができました。すばらしい :-P  

    9タンチョウ骨ならべ2

     

     

     

     

     

     

     フラミンゴも見てみようか。やはりニワトリとにているね。

    12フラミンゴ骨ならべ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    次は生きたニワトリを観察しよう。

    いつもはふれあいコーナーで、ふれあいスタッフとともに資料館まで出張してくれました。

    名古屋種のなごやんくんはみんなにに翼を見せてくれました。

    19ニワトリの翼

     

     

     

     

     

     

     

    カツラチャボのりんごちゃんは飛べるかな?の実験に協力。

    生きたニワトリを、間近に観察できました。

    22ニワトリとぶかな

     

     

    次は飛べる鳥の翼のはく製を観察。

    先ほど並べたフラミンゴの骨を翼にあてて、納得する子どもたち。

     28フラミンゴ羽観察cut

     

     

     

     

     

     

      

    シロフクロウの羽の先に注目していた方もいました

    26フクロウ羽観察cut

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    最後に当園最大級の鳥の骨格標本、ダチョウ。ダチョウのムネの骨には出っ張りがないことに気づきました。

    30とべない鳥ダチョウの骨観察

     

     

     

     

     

     

     

     

    参加者の皆さんは最初は緊張気味だったけれど、終わるころにはいろいろな発見をしたことを目を輝かせながら、語ってくれました。

    鳥はなぜとべるのかを発表し、意見を共有し合いました。

    松本先生(右)、いろいろご協力ありがとうございました。

    33発表鳥なぜ飛べるのか2

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     今回はニワトリの骨格から鳥の飛べるひみつをさぐるとともに、食としてのニワトリの存在を自然とどうつながっているのかを考えてもらうことも目標としていました。

    目標を達成できたかどうかを評価し、次につなげていきたいと思います。

      Norigoriチャン

     

     

     

     

  • 2021年09月01日

    資料館レポ№10 獣舎の整備~みんなに愛され70年~

        1951年に、たった8カ月の突貫工事で開園した王子動物園でしたが、獣舎は十分ではなく、仮設や移動式の檻に入れて展示せざるを得ませんでした。動物にとっても狭い場所に閉じ込められる状況は良いものではありませんでした。その後、次々と獣舎の整備が続けられます。特に、70年代80年代は神戸市がニュータウン開発と湾岸の埋め立てで都市経営の優等生とされ、黒字を動物園の整備に投資できた活気のある時代でした。

    P.13 1955年の東園

      1955年ころの東園

        1978年に完成した放養式動物舎は老朽化した野外劇場を取り壊してその跡地に建設されたものです。狭い檻から動物を開放するというコンセプトから広い運動場を備え、2階から運動場を観覧し、1Fは動物の寝室にするなど狭い敷地を有効利用したアイデア獣舎でした。現在は、チンパンジーやオランウータンなどを飼育していますが、当時はトラ、ライオンやクマが飼育されていました。

    P.31 放養式猛獣舎 

     完成当時の放養式猛獣舎

        次いで登場したのは、1979年に完成した太陽の動物舎で爬虫類と夜行性の動物を飼育しています。中央に熱帯植物の温室を配し、ガラス越しに見るワニやヘビの生態的背景に配慮し、夜行性動物エリアでは出入り口を洞窟にして観覧通路に窓もなく、展示室を昼間はブルーライトで薄暗く、夜は昼光色の照明で昼夜逆転して、夜行性の動物の行動を昼間に見やすくする工夫がされています。

     P.31 太陽舎完成式

     太陽の動物舎完成式写真

        旧式な獣舎を見やすく、さらに系統的な展示にそろえていくため、その後も再整備計画が立てられ、実行されていきます。阪神淡路大震災前の最後の大きな獣舎整備は1994年に完成したアシカ池、ホッキョクグマ舎です。特徴は当時では最先端であった大型アクリル板を設置し、水中の動物たちの生態を近くで観察でき、広い運動スペースを四方から観察できるように工夫がされていることでした。また、ホッキョクグマの運動場はカナダのハドソン湾沿岸の情景を再現したもので、朽ちた木、岩場、5mの高さから流れる滝などアメリカの専門会社へ委託して建設されたものでした。

    OLYMPUS DIGITAL CAMERA

      ホッキョクグマ運動場

        再整備が急ピッチで進んでいた王子動物園ですが、1995年に発生した阪神・淡路大震災以降、王子動物園の残された老朽化した獣舎の再整備のスピードは弱まります。現在も、まだ、ゾウ舎やサイ舎など1950年代に建てられた獣舎が残っています。

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    SHIRYOKAN

  • 2021年08月29日

    #また明日ねを続けていけるように ~投薬治療 パンダ団子編~

    リンゴ、ブドウ、サトウキビ、そしてジュースとたんたんさんにお薬を飲んでもらうために試行錯誤を繰り返し、現在はサトウキビジュースを使い安定して、たんたんさんに投薬を行える様になりました。
    ただ...たんたんさん...とても味に厳しく、自分の気に入ったものしか口にしてくれません(´;ω;`)ウッ…
    もしかしたら、いつかジュースも飲んでくれなくなる時も来るかもしれません...


    そこで、新たなる投薬方法を考えた結果、あれが候補にあがりました...そう、昔たんたんさんが食べていた『パンダ団子』です!


    そこでまずは作ってみない事には始まらないので、レシピを取り出し、必要な材料を注文し、いざ作製へ!
    作り方自体はとても簡単で、竹粉、米粉、大豆粉、トウモロコシ粉などの材料を混ぜ合わせる、蒸す、これだけです。
    前に一度作ったこともあるので、今回はとてもスムーズにパンダ団子が完成しました。

     

    IMG_9327   IMG_9328

     


    そして完成した団子をたんたんさんに食べさせてみることに。
    「たんたんさん、食べてくれるかな~?」
    と不安になりながらも、少し期待も持ちながらたんたんさんに与えてみると...


    クンクン...


    「匂いを嗅いでる、興味はあるみたいだな...」


    パクッ...


    「あっ、一口食べた!」と思った瞬間、


    ポトッ...


    たんたんさん、団子を落としてしまいました ;つД`)


    「一口食べたのにダメだったのは、味が気に入らなかったのかな?」
    と思いながらも、匂いや味にまだ慣れてなかったのかもしれないしとりあえず何度かチャレンジしてみようということに。


    そして、夕方に再び団子を、今回は先ほどとは違い「食べてくれるかな?」といった期待感もあまり持たず(笑)、少しでも慣れてもらえればと軽い気持ちでたんたんさんに渡すと...


    なんとパクパクと食べだしたではありませんか!
    まるでさっきの事はなかったかの様に、たんたんさん普通に食べてくれました(笑)


    とりあえず団子を食べてくれるのはわかりました。
    いきなり薬を入れ、もし団子を警戒し食べなくなってしまったら本末転倒なので、しばらくは団子に慣れてもらうのから始め、慣れてきたら薬を中に入れてみようということになりました。


    はい、今回は以上です!
    今回もたんたんさんには色々と振り回されました(笑)
    次回は現在のたんたんさんのお薬の状況などを、お伝え出来たらなと思います(*^^*)

     

  • 2021年08月22日

    #また明日ねを続けていけるように ~投薬治療 サトウキビジュース編~

    サトウキビを使った投薬方法に成功し、数日経ちましたがとりあえずはたんたんさんまだ食べてくれています。
    しかし、やはりと言うか少し警戒する様子も見られはじめ、場合によっては食べてくれない時もありました。
    やはり次の手を早急に考えねばなりません!


    ためしに薬の入っていないサトウキビを与えると食べてくれます。
    他のものは一度警戒するとしばらく食べてくれないことがあったので、サトウキビはやはり好きな食べ物のようなので、サトウキビを使った他の与え方はないかと、みんなで調べてみると「サトウキビのジュースがある!」とある一人が見つけました。
    とりあえずは何でも試してみようということになり、サトウキビジュースを使用してみることに。


    サトウキビジュースが届き、あとはどう使うかなんですが、以前使った方法と同じく、薬ごとミキサーにかけて氷にしてみました。
    与えてみると、食べることは食べるのですが完食とまではいきません。もうそれならと容器にジュースを入れ直接飲ませてみることにしました。


    口元に持って行くと「ぺろぺろぺろ」...なんとたんたんさんものすごい勢いでジュースを舐めはじめたではありませんか!
    これは上手くいけばかなり使えるのではないかと、気持ちの中に少し光が差してきました。


    まずは薬の入っていないそのままのジュースで慣れさせていき、慣れてきたところで、薬を粉状にし、それをジュースに混ぜて与えてみました。


    そしていざたんたんさんの口元へ...
    「飲んでくれるのか?」と固唾を飲み、見守っていると、「おっ、すこし舐めた」と思った瞬間、舐めるのをやめてしまいました。
    やはり薬の味を気にしているようだったので、薬の味を少しでも消すためジュースを足し再び与えてみると、たんたんさんすごい勢いで舐めはじめ、見る見るうちに容器に入っていた薬入りサトウキビジュースがなくなっていきました!


    今までで一番薬を気にしていない様子の飲み方を見ると、これは継続して使えると思い、少し投薬の問題が解決したのではないかと、安心したことをよく覚えています。
    しかし、サトウキビジュースですらいつか飽きる可能性もあるので、また何か考えなくてはいけないなと思いながら、次に候補として浮かんだのが昔にあげていたあの食べ物です。

  • 2021年08月16日

    資料館レポ№9 国際動物交流~みんなに愛され70周年~

       王子動物園は神戸市の友好都市との動物交換を通じた友好親善を昔から積極的に行ってきました。動物交流という手法は政治的な背景も少なく、都市の住民にも温かく迎えられる国際交流としては効果的な方法でした.

        神戸市が最初に外国と友好都市関係を結んだのは1957年11月のアメリカシアトル市でした。王子動物園ではこれを機会にシアトルの動物園と動物交流により親善を深めることになりました。神戸市からはチョウセンシマリス20頭、シアトルからはカナダヤマアラシのペア1対が送られました。これが第1号となり、国際動物交流は1970年、80年代に活発に行われることとなります。

     最も多くの動物交流があったのは中国の天津動物園です。1976年から1990年代はじめまで毎年のように行われました。天津から来た主な動物としては、マヌルネコ、レッサーパンダ、ウンピョウ、オオヤマネコ、ウマグマ、アムール虎、タンチョウ、ミミキジ、カカバなど 神戸から行った主な動物は、マサイキリン、カバ、クロヒョウ、アカカンガルー、チンパンジー、ワオキツネザル、フラミンゴ、ベニコンゴウインコなど。

    P.36 遊具で遊ぶ2頭のパンダP.36 ポートピアのGパンダ

    遊具で遊ぶ2頭のパンダと観客 /

       (左)「寨寨(サイサイ)」と(右)「蓉蓉(ロンロン)」

     

        ジャイアントパンダは1981年のポートピア博覧会開催中の6か月間借り受けという形でペアが神戸に来ています。この頃まで、中国は展示目的でも貸し出しを行っていました。さらに、神戸市で1985年に行われたユニバーシアード大会に併せて神戸市総合運動公園約3か月開催されたグリーンエキスポ85には目玉として、中国から孫悟空のモデルといわれている珍獣の金絲猴(キンシコウ)が出展されました。

          これらの動物は中国では国家第1級保護動物に指定され、国外への搬出については当時から国家の許可が必要で、天津と神戸との強い交流の絆により、天津側から強い働きかけが中国政府にあったと記録されています。 

     P.41 キンシコウ引渡式P.41 キンシコウ「金金」「菲菲」

    金絲猴(キンシコウ)引渡式 /

      (左)「金金(チンチン)と(右)「菲菲(フェイフェイ)

     

        1991年に王子動物園では、動物とこどもの国のゾーンを整備するにあたり、その中核としてコアラを飼育することになりました。国内では8番目(現在では、7園で飼育)でした。神戸市の友好都市であるオーストラリアのブリスベン市には動物園がないため、形はブリスベンからのプレゼントでしたが、実際は政府公認のゴールドコーストのカランビン野鳥園との交渉となり、コアラ舎の施設、ユーカリの栽培方法や飼育方法などの現地調査を経て、許可されました。そして、同年の9月13日にオス1頭、雌2頭が来園し、コアラの飼育が始まりました。

        現在では、ジャイアントパンダと並ぶ王子を代表する動物となっています。

    P.46 コアラの検査P.46 MGジュニア

     到着したコアラの検査 /MGジュニア」オス

     

       かつて、動物園では動物商を通じて野生動物を野生から導入したり、捕鯨船が南極からペンギンを捕獲して動物園へ渡したりすることなどが行われていました。しかし、野生保護の観点からワシントン条約が締結されるようになり、厳しい規制や監視が世界で行われ、また、動物園は野生動物をつれてきて野生数を減らしているという世論の批判もあって、世界の動物園は希少な動物を保護し、繁殖し、人々を教育していく立場であることを前面に掲げて生き残る道を選択しました。現在では動物園内での繁殖や移動により動物園のほとんどの展示動物は維持されています。  そのような中、動物園間の動物交流、特に海外との動物交流は生物の多様性や種の保存を維持していく観点から非常に重要になってきています。

    ※写真はクリックすると大きくなります※

    SHIRYOKAN

  • 2021年08月15日

    #また明日ねを続けていけるように ~投薬治療編~

     

    ツイッター「#きょうのタンタン」で書ききれなかった分を、ブログでご紹介します。

     

    リンゴ、ブドウ、そしてお薬入りの氷と次々とたんたんさんに気づかれてしまい、さぁ次は何が使えそうかなと考えていると、そういえばサトウキビが好きだったなと思い出しました!
    そこで次はサトウキビで投薬を試してみることにしました。


    そこで使うにあたり問題になったのは、サトウキビの硬さです。
    リンゴやブドウはすぐに穴も開けられて薬も入れやすいのですが、サトウキビはそういう訳にも行かず、硬い道具で隙間を開けそこに薬を押し込む感じで、しかもそれだけではたんたんさんが持っただけで薬が落ちてしまうし、それに薬を隠さないとたんたんさんは匂いなどでも気が付いてしまうので食べてくれない可能性が大です。


    そこで獣医師の一人が考えてくれたのが、サトウキビを二つ使い、挟み込み、薬を落ちにくく、しかも隠してしまうという方法です。
    これだけではたんたんさんが食べる前にバラバラになってしまうので、最後に冷凍し、固めてやっと完成です!

    そんないくつもの工程を経て、やっとたんたんさんにあげられる形になりました。


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    さぁ、あとは食べてくれるかだけです...

    恐る恐る与えてみると...
    たんたんさん、食べてくれました!

     

    ひとまず、ほっとした気持ちもありましたが、喜んでばかりもいられません。
    何故かというと、今までの流れ的にまた食べてくれなくなる可能性があるからです。
    次の一手を食べてくれている間に考えておかねばなりません。


    「さぁ、どうしようか...サトウキビ...何か他の使い方ないかな?」

  • 2021年08月01日

    資料館レポ№8 王子動物園開園 ~みんなに愛され70周年~

        現在の王子動物園一帯は原田の森と呼ばれ、1889年から1929年まで関西学院(その記念碑は動物園のあちこちに建っています)がありました。

       第2次世界大戦で焼け野原となり、その後、1950年に戦後復興と発展を願って神戸博覧会が原田の森で開催されましたが、その跡地に残された遊園地の活用と諏訪山動物園を移転拡張する構想で王子動物園が建設されました。 諏訪山動物園から移動する動物は52種類、125頭で3月19日、20日に大型トラックで運ばれましたが、インドゾウの「摩耶子」と「諏訪子」は開園日当日の21日に諏訪山から山本通を東進して加納町から市電道に沿って王子へ向かうルートで飼育員が係留して歩かせました。

      この時、王子動物園史上最大のハプニングが起こりました。以下 50年史からの抜粋です。 『王子に向かっていたゾウは布引停留所付近で走ってきた市電や自動車の警笛に驚き,2頭は大暴れ、「摩耶子」は手綱を持っていた松村園長を鼻で放り上げ、地面にたたきつけ、浜側の人家まで逃げた。一方、「諏訪子」もロープをひいていた飼育員らを引きずりながら山側に逃走し、布引水道ポンプ場の階段下まで逃げ出した。』と記録されています。 珍しいゾウの移動を見ようと沿道には2万人の観衆が詰めかけていたため、大パニックになりました。警官50人、パトカ―2台、消防車2台が出動し、何とか2頭を電柱に係留して落ち着かせました。この様子が神戸新聞に大きく報道されています。

    P.10 大暴れする諏訪子(神戸新聞)

        現在では、法律の規制が厳しくなり、このような危険な動物については飼育、保管や移動など厳しい基準が定められていて、公道でゾウの歩行移動はできません。王子動物園でも2013年出産のため、市原ゾウの国へ移動したアジアゾウの「ズゼ」は大型のコンテナ―に入れられ、100tのクレーンに吊り下げられて、トラックで12時間高速道路を夜間走行して運びました。
     その時、同行した職員の話では、途中のSAで給水をさせるため、駐車するが、大量のおしっこがコンテナーから流れ出したり、走行中後ろの車にしぶきがかかるため、間にほかの車が入らないよう気を使ったり、現地ついて「ズゼ」の顔を見るといつも温厚なズゼの目が怒りで血走っていたりしたそうです。

    DSC05207 

      ※これはズゼが帰ってきたときの写真です。

     

        ようやく、開園を迎えた王子動物園ですが、この日は無料開放、祝日であったこともあり、推定10万人の入園者があったと記録されています。ジャイアントパンダが来園した年も入園者は多かったですが、1日3万人を超えれば多い日とされていたので、飛びぬけた数値であったことがわかります。

    P.10 開園当日のゲート前(神戸新聞提供)SHIRYOKAN